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『この彼女はフィクションです。』 ~現実VS理想~

『この彼女はフィクションです』という作品がある。



1年ほど前にマガジンで連載されていた漫画で、設定としてはありきたりで、だが惹かれるものがあったため単行本として購入していた。残念ながら、少し経つと人気に陰りが出てきたようで連載は1年持たず終了したはずである。

最近ふとしたきっかけで再読したのでちょっと思ったことを津々浦々と書いてみよう。

『この彼女はフィクションです』のメインのあらすじは簡単だ。

葉村裕里には、10年間続けている「秘密の趣味」がある。それは、オリジナルキャラクター『ミチル』を創作すること。現実の女の子に恋をした裕里は、その趣味を捨て去る決心をするが、その時、目の前に現れたのは‥‥!? 展開予測不能の極限恋物語開幕!!


ま、要は自作のキャラクターが実体化したというものである。この設定だけでなら、類似作品はいくつかあげられる。赤松健『A・Iが止まらない!』やラノベなら東亮太『妄想少女 そんなにいっぱい脱げません!? 』があると思う。(後者思い出すのに20分かかったとか辛い)

ただ、このタイプの作品はある致命的な構造を避けたがっている。

実体化したヒロインVS元々いたヒロイン

(AIとまはリアルヒロインが登場しないし、妄想少女は主人公自身の創作ではない。)
避けるのは当たり前で、冷静に考えれば自らの創作物は理想の投影であり、現実という欠陥は初めから勝てる見込みなど無いと最もらしいことはいえる。

本当にそうか?

少なくとも私がオリジナルキャラを考えるときに、そこに全ての理想なぞ込めることはできない。かの富野由悠季御大曰く、キャラ創作には「おまんこ舐めたくなるようなキャラ」を作るのがいいらしいので、その意味ではただただ精度が足りない、というしか無いのかもしれないが……結局自らの生み出したキャラは自らの想像の域をでない。それが自身に対してのチューリングテストの合格をできるかというのはかなり疑問の余地が残る。そもそも私は自分の創作物を愛せるのかブツブツブツブツ

ちょっと置いておこう。私の闇が開いてしまいそうだ。

この作品においては、この理想が理想足りえない問題は、みちるの設定が膨大すぎて主人公ですら忘れてしまったという小ずるさで回避されている。結果、現実ヒロインに最初から惚れていはいたものの、徐々に理想ヒロインにも惹かれていく。で、まあ(打ち切りのせいもあるが)理想ヒロインが消失してしまい彼女は永遠のものになり、彼は創作の中でまた彼女に会うことになるのだ。美しい。私もこれほどのキャラを構成してみたい。

これ美しいのか?

冷静に考えると、彼は正に2次元に落ちてしまったのではないか? つまり理想のヒロインが実体化してしまった結果として現実を捨ててしまったのだ。将来、僕らの前に圧倒的リアルな2次元(この矛盾ワード!)が現れた時の姿を見ているようだ。僕らはきっと戻れない、戻れるはずがない。

そこまで難しい話にしなくても、と思うのであれば質問を変えようか。

”彼女と二次元、どっちを選ぶ?”

ま、上の例えはちょっと矮小化し過ぎであるし、もしそんな理想が出来てもそちらを選ぶかはわからない。この作品ではミチルという存在がいなくなったからこそ固定化されたにすぎないという考えもあるだろう。つまり僕らとしても、そんなに簡単に現実を捨て去ることなどできないと。だが、どちらにせよ勝てるわけがない、と思うのも勝つに決まっていると考えるのも愚かしい行為のような気がする。

ただ。私の生み出したキャラがもし一人の視点を現実からその創作に向けられることができたなら、きっとクリエイターとしてこんなに嬉しいことはないのだろうな、と思う辺り、私も大概ダメな人間だ。

散々なことを言っているようだが、私はこの漫画が大好きだった。作者がキャラを大好きなのが伝わってきたし、やっぱりオリジナルキャラが実体化とかやっぱりひたすらに心躍るのだ。PCゲーム『スマガ』(ニトロプラス)とかも大好きだった辺り、このへん私弱いのかなあと思うね。とりあえずキャラを生み出すのが好きな人には、一度は読んでみて欲しい本である。以上、雑記でした!

渡辺静さんは今次回作連載中ですので、応援しております。あとフーコさんは沢城みゆきが似合うと思う。

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